2014年2月3日月曜日

依頼人を訴える弁護士…詐欺、横領、怠慢、弁護士モラルはなぜ落ちたのか

 社会正義の実現を目指すはずの弁護士が、トラブルや事件を起こす事例が相次いでいる。奈良県では民事訴訟で弁護した元依頼人に「誠実に職務を遂行しなかった」として懲戒請求を申し立てられた弁護士が、「名誉を毀損(きそん)された」として逆に元依頼人を提訴し、争いが複雑化。全国でも弁護士が詐欺に関与したり、依頼人の預かり金を横領する事件も発生し、日本弁護士連合会(東京)は対策の検討を始めた。平成16年に法科大学院制度がスタートし、弁護士の数が増える一方、民事や刑事などの事件数は減少。こうした背景が業界内の競争を激化させ、トラブルや事件を生んでいると有識者は指摘、弁護士の職域拡大を訴えている。

■元依頼人を提訴した弁護士

 奈良県では、昨年大ヒットした人気ドラマの名ぜりふ「やられたらやり返す。倍返しだ!」を地でいくような弁護士の対応ぶりが明らかになった。

 奈良弁護士会懲戒委員会の議決書などによると、経過はこうだ。県内の元依頼人の男性が相続で取得した農地を宅地に転用する際、小作権を主張する近隣住民から違約金の支払いを求めて訴えられ、平成16年3月、大阪高裁で解決金300万円を支払い、和解した。

 ところが23年8月、農地の賃借契約書が見つかり、近隣住民に小作権がなかったことが判明。確定した和解を覆すのは困難だが、元依頼人から相談を受けた奈良市内の70代の男性弁護士は「何とかなるかも」と弁護を引き受け、同10月、解決金返還などを求めて奈良地裁葛城支部に提訴した。

 しかし、24年3月の支部判決は「原告は和解の効力が否定されるべき事情を何も主張しておらず、不当利得返還請求権発生の要件を欠き、認められない」と訴えを棄却した。

 元依頼人は「勝つ見込みのない訴訟を起こし、誠実に職務を遂行しなかった」として同7月、弁護士会に男性弁護士の懲戒請求を申し立てた。

 これに対し、男性弁護士は懲戒請求を「誹謗(ひぼう)中傷だ」として同11月、逆に元依頼人に160万円の損害賠償を求め、提訴した。

 こうした中、奈良弁護士会は男性弁護士の方に「非」があったとして25年11月、「戒告」の懲戒処分を行った。処分の議決書では「(男性弁護士が)依頼者に有利な解決になるよう努力した事実はない」と認定し、元依頼人への提訴を「自己を正当化した報復的な対応だ」と批判。「弁護士の使命に対する自覚を欠く」と結論付けた。

■詐欺や横領…止まぬ不祥事

 民事上のトラブルに止まらず、弁護士が関与した刑事事件も後を絶たない。

 東京都では25年10月、国有地が安く購入できると嘘を言い、住宅販売会社から約2億2千万円をだまし取ったとして、警視庁捜査2課が詐欺の疑いで、第二東京弁護士会所属の80代の男性弁護士ら6人を逮捕した。

 逮捕容疑は23年11月~24年1月、浜松市の住宅販売会社の担当者に、静岡県内の財務省所有の土地2カ所を割安で購入できると偽り、約2億2千万円をだまし取ったとしている。

 男性弁護士は日本弁護士連合会常務理事を務めた経歴もあり、「国側の弁護士」として契約締結に関与。弁護士としての信用を悪用したとみられている。

 また、兵庫県では25年12月、県弁護士会に所属する尼崎市の30代の男性弁護士が依頼人からの預かり金を横領していたことが発覚。同会によると、被害は数千万円に上る可能性があるという。

 同会によると、男性弁護士は24年秋以降、複数の依頼人の預かり金を着服、事務所の経費に充てていた。同会に同年4月以降、顧客から「連絡が取れない」などの苦情が寄せられていた。

■弁護士の相談窓口も

 日弁連は相次ぐ不祥事を問題視し、25年2月、全国の弁護士会に対し不祥事対策を要請。複数の苦情が寄せられている弁護士に対しては事情聴取や指導を行い、不祥事に発展させないよう求めた。

 また、同年6月には、全国の弁護士約50人で構成する「弁護士職務の適正化に関する委員会」を設立。各弁護士会の不祥事防止策を協議している。

 委員会は対策の一つとして、事務所の経営や依頼人への対応でストレスを抱える弁護士を対象にした相談窓口などを検討。こうした取り組みはすでに一部の弁護士会が始めており、近く、各弁護士会にも設置を要請するという。

 日弁連の担当者は「一部の不祥事や非行は全ての弁護士の信頼を傷付けることになりかねず、弁護士会全体で対策に取り組まなければならない」と危機感を募らせる。

■背景に過当競争

 事実、弁護士に対する苦情や懲戒請求の申し立ては全国的に増えている。

 日弁連によると、各弁護士会の市民相談窓口に寄せられた苦情件数は、統計を始めた15年は6646件だったが、23年には1万1129件に増加。懲戒請求も15年の1127件に対し、23年は約1885件に増えた。

 こうした傾向について、国際法曹倫理学会理事で名古屋大法科大学院の森際康友教授(法哲学)は「依頼人の権利意識が高まっているのでは」と分析する一方、「弁護士の増加に伴う競争激化で、一部の弁護士が生活に困り、倫理を問われるような行動を取ることがある」と指摘する。

 日弁連の統計によると、弁護士の数は毎年増えており、25年は過去最高の3万3624人。10年前に比べて1万4千人以上増加した。法科大学院制度の影響で、増加傾向に拍車がかかっている。

 一方、最高裁の統計では、全国の裁判所で扱われた刑事や民事などの全事件数は20年の約443万3千件から、24年の約379万8千件まで減少。半数近くを占める民事事件も、21年から24年までに約55万件減少した。

 森際教授は「金融機関に払いすぎた利息『過払い金』の返還請求訴訟が底をつきつつある」とみており、社会の需要が弁護士の増加に追いついていない状況を指摘する。

■「二割司法」からの脱却

 法曹界を批判する「二割司法」という言葉がある。司法が市民の求める役割の二割しか果たしていないという意味だ。こうした批判を踏まえ、法曹界は人材の増強を進めてきた。

 しかし、森際教授は「弁護士が従来型の訴訟を中心とした業務形態を続けるのであれば、供給過多といわれても仕方がない。大切なことは職域の拡大だ」と提言する。

 法律相談や弁護士費用の支援などを展開する「法テラス」では、高齢化社会を見据え、司法と福祉現場の連携を模索し始めた。

 奈良市の「法テラス奈良」では、高齢者が被害に遭いやすい介護現場での虐待や、成年後見人の需要増加を想定し、弁護士と福祉施設職員による意見交換会を開催している。

 森際教授は「司法制度がかつていわれた二割司法から脱却するためには、弁護士や自治組織が事件あさりに陥ることなく、埋もれた市民の権利を救済することが必要」と訴える。

参照:産経新聞

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