2013年5月1日水曜日

<解雇規制の緩和>手切れ金でクビに?

 政治や経済のニュースで最近よく聞く「解雇規制の緩和」。平たく言えば「企業が正社員を解雇しやすくする」ということだ。今、政府の規制改革会議や産業競争力会議が、解雇規制の緩和について議論している。緩和されたら、暮らしにどんな影響があるのだろうか。

 「あなたの仕事はなくなる。これは会社の決定事項だ」

 11年7月、大手複写機メーカーでソフト技術者として働いていた正社員男性(51)は、面談した本社幹部に、開口一番こう告げられた。

 幹部は「割増退職金」として年収3年分に満たない金額を提示した。20年以上勤めた会社からの「手切れ金」である。妻と死別し、中1(当時)の長男と2人暮らし。学費負担が増える時期に「生活が成り立たない」と衝撃を受けた。

 4度の肩たたきをかわして解雇は逃れたが、物流子会社に出向となり、派遣社員らと単純作業に明け暮れることに。男性らは会社を相手取り、出向命令の無効などを求めて東京地裁に提訴した。

 ●規制緩和論の台頭

 産業競争力会議や規制改革会議には、「再就職支援金」や「解雇補償金」などのお金を払えば正社員を解雇できるルールを作るよう求めるメンバーがいる。まさに「手切れ金でクビ」。実現すれば、冒頭の社員のようなケースでは、社員側が肩たたきをかわし切れず、お金を渡されて合法的に解雇される可能性が出てくる。

 政府側には、7月の参院選前にこうした議論をすれば有権者の反発を招くという懸念が強く、本格的な議論になることは当面なさそうだが、選挙後に議論が蒸し返される可能性は否定できない。

 業績が悪化した企業で整理解雇が有効と認められるには(1)解雇を避ける努力をした(2)人員削減の必要性が認められる(3)その人を解雇することに合理性(勤務態度が悪いなど)がある(4)正当な解雇手続きを踏んでいる--という4要件を満たすことが求められている。社員から解雇無効の裁判を起こされた時、この四つの要件を満たしていないと、企業側が負ける可能性が高い。

 経済界には4要件をすべて満たさないと解雇できないのでは「世界経済に肩を並べるには厳しい」との不満がある。必要以上の正社員(余剰人員)を抱え、人件費が経営を圧迫して経済成長できないと考えているのだ。

 非正規雇用にあえぐ若者の間にも「高い給料をもらいながら戦力になっていない中高年社員が解雇されれば、若者の雇用が増える」という期待感がある。こうした社会の空気が「解雇規制の緩和」論の台頭を許している。

 ●「裁判の意味ない」

 安倍晋三首相は4月2日の衆院予算委員会でこんな答弁をした。

 「事後的に、金銭支払いにより労働契約解消を申し立てる制度は(金銭解雇に)含めていない」

 解雇された社員が会社を相手取り解雇無効の裁判を起こして勝った場合、会社が社員を職場復帰させずにお金を払って解雇できる仕組みを、政府の検討対象として認める考えを示したのだ。企業は裁判に負けても「手切れ金」を払って解雇できることになる。

 鈴木剛・東京管理職ユニオン書記長は「企業は判決の内容に左右されず社員を解雇できるようになり、裁判は意味がなくなる」と危惧する。

 労働事件を多く手がける佐々木亮弁護士も「企業が解雇しやすくなれば失業者が大量に出て生活保護が増え、社会的コストが増える。消費も冷え込み経済成長どころではない」と警戒する。

 日本では、企業が解雇したい社員を「追い出し部屋」に集め、「自発的」退社に追い込むケースも指摘されている。解雇に厳しい制約を設けている法制度は、必ずしも社員を守れていないのだ。そんななかでさらに解雇規制を緩和するのは「スピード違反者を減らすため制限速度を上げる行為に等しい愚行だ」と、佐々木弁護士は断じる。

 また、日大大学院の安藤至大(むねとも)准教授(労働経済学)は「余剰人員を解雇しても新規採用は増えない」と指摘。「余剰」の中高年を解雇しても、若者の新規雇用にはつながらないとの認識を示している。

参照:毎日新聞

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